東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)210号 判決
原告の主張する審決取消事由の存否について検討する。
1 引用例記載の技術内容について
成立に争いのない甲第五号証によると、引用例は、名称を「チユーブレスタイヤを膨張してビードを車輪上に装着する装置」とする発明の特許公報であり、これには、「車輪とチユーブレスタイヤを乗せる支持台、右支持台から遠い側にある車輪縁と同軸で縁と封緘関係に位置する封じ板、内部に封じ板が同軸に位置していて開口端部における円筒縁が支持台表面から遠い側のタイヤの側壁と同軸に係合される端部開口円筒、右円筒の空気入口及びタイヤ側壁と関連するビード部分とを動かして関連する縁との間に十分の空間をつくり、この間隙を通してタイヤを膨張させるために支持台と封じ板と端部開口円筒とを同時に相対的に動かし、かつ、タイヤ膨張後の反対方向への相対的運動を起こして自動的にビードの装着を行わせる部材(手段)を具備した、チユーブレスタイヤを膨張させてビードを車輪に装着する装置」が記載されていること、及び、この装置の使用は、次の順序によつて行われるものであることが認められる。
「(1) 円形支持台(22)を上方に上げて封じ板(16)に貼りつけてあるゴム板(20)が一方の車輪フランジ(21)に係合して気密封緘を形成する。
(2) 円形支持台(22)を更に上方に上げ、端部開口円筒(10)の縁(12)を封じ板(16)に近い方のタイヤ(26)側壁(13)に接触させて、車輪縁とタイヤビード部分との間に間隙を形成する。
(3) 次いで、加圧空気が空気入口(14)から加えられるが、この空気は、端部開口円筒(10)から前記の間隙を通つて流入し、その際、円筒縁(12)とタイヤ側壁(13)及び封じ板(16)と車輪フランジ(21)との気密係合によつて、他に逃げないようにされており、したがつて、タイヤ内部の空気圧が増加する。この結果、円形支持台(22)に近い方のタイヤビード(29)は、一方の車輪縁(33)に堅固に押えられる。
(4) こうしてタイヤ内の空気圧が所定値に達すると、加圧空気の供給が断たれるが、そうすると、円形支持台(22)が下降して、円筒縁(12)と接触しているタイヤ側壁(13)との係合が解かれ、タイヤ内の空気圧によつて、他方(支持台と遠い側)のタイヤビード(30)もその側の車輪縁(31)との封緘係合を堅固に行う。
(5) このようにして、チユーブレスタイヤ(26)は、そのビード(29)、(30)が車輪縁(33)、(31)の上に堅固に装着されることとなる。(別紙図面(二)参照)」
このような点をはじめ、引用例の他の記載をも併わせ検討すると、引用例に記載された装置は、チユーブレスタイヤ内に加圧空気を所定圧、すなわち、使用可能な正規のタイヤ圧に達するまで注入して、タイヤを車輪に装着させるものであることが認められる。したがつて、引用例のものは、タイヤビードが車輪リムに充分密接するまで加圧空気を注入し、その後、普通の弁(弁(28))を用いてタイヤのふくらましを完了させるものではない。
なお、前掲甲第五号証によると、引用例には、タイヤ内の空気圧が所定値に達し支持台(22)が下降するに際し、装着の起る前に未装着ビード(30)と縁(31)との間から僅かの空気が洩れる旨の記載があるけれども、この記載に続いて、その洩れる量は、一〇%程度であるから、当初の膨張圧力(予定値)をその分だけ高めておけばよい旨の記載もあるから、前記のような記載があるからといつて、引用例のものが、爾後に普通の弁を用いてタイヤのふくらましを完了するものであるとはいえず、他に前記認定を左右するに足りる資料はない。
もつとも、引用例の装置が前記のようなものであることからすると、そのタイヤ内の空気圧の予定値を、予めタイヤビードが車輪リムに充分密接する程度の値に特に低めておき、右装置による加圧空気の注入を完了した後に、更に普通の弁を用いて、タイヤのふくらましを完了させるという使用法をとることも不可能ではないであろう。しかし、前記のとおり、加圧空気をチユーブレスタイヤ内に使用可能な正規のタイヤ圧にまで一気に注入してタイヤを車輪に装着させる装置が記載された引用例に、このような迂遠な方法も記載ないし示唆されているものとは到底解されない。
被告は、たとえ引用例の装置のみによつてタイヤをふくらませたとしても、タイヤ内の空気は、タイヤの輸送中や保管中に抜けるものであり、使用の際には補充する必要があり、また、引用例の装置では正確なタイヤ空気圧がえられないから、これを調整する必要があり、いずれにしても、その後、普通の弁を用いて、加圧空気を注入する必要があると主張する。しかし、タイヤを実際に個々の車両に装備して走行、使用する場合において、当該車両の自重や荷重その他の条件に応じてタイヤ内空気圧を補充調整するために、普通の弁を用い、その具体的事情に応じ、更に加圧空気を注入する場合のあることは当然であるが、このようなことが行われることと、引用例のものが、本願発明との対比において、加圧空気を所定圧(使用可能な正規のタイヤ圧)にまで一気に注入する装置であるか否かとは、別個の事項である。また、引用例の装置では、正確なタイヤ空気圧が得られないとする証拠はない。
2 本願発明の構成について
当事者間に争いのない本願発明の要旨及び成立に争いのない甲第二号証、同第四号証によると、本願発明におけるチユーブレスタイヤのふくらまし法は、二段階に行われるものであり、その第一段階は、車輪のリム及び車輪に取付けたチユーブレスタイヤのビードとの間の空間を経て、オリフイス構造体(環状管部片から成る。)より加圧空気を注入するが、その際、機械的密封を行わずに、充分な量の加圧空気を車輪のまわりに沿つて注入し、逃げる量よりも多量の空気をタイヤ内に注入して、タイヤビードが車輪リムに充分に密接するまでタイヤを膨張させ、次に、第二段階として、その後、普通の弁を用いて、更にタイヤ内へ加圧空気を注入して、タイヤのふくらましを完了させる方法であることが認められる。
もつとも、前掲甲第二号証、第四号証によると、本願発明の実施例として、願書添付の図面中、第六図には、補助ビード当てがい部片(90)を用いたものが、また、同第九図には、帯状部片(204)を用いたものが示されており、これらの場合には、一見、オリフイス構造体、その補助部材及び右各部片とタイヤ側壁とによつて機械的密封状態が形成されているかのように解されないではない。しかし、本願発明における特許請求の範囲をはじめ、明細書の記載を子細にみると、いずれも、前記の第一段階の操作中に逃げる空気量を最少限にとどめるために、この段階の操作を効率よく行おうとするものであつて、これにより、第二段階の操作が省略できるものではないと解され、したがつて、これらは、引用例のもののような機械的密封状態を形成しようとするものではないと解するのが相当である。
3 本願発明と引用例のものとの作用効果について
前1、2に述べた引用例のものと本願発明との構成ないし操作上の差異に関する諸点と両者の明細書中作用効果に関する記載とを併わせ検討すると、必要な装置として、オリフイス構造体のみを用い機械的密封を行わない本願発明の方が、引用例のものに比して、構造及び操作が簡単であると解するのが相当である。
もつとも、前記のとおり、引用例のものが、注入加圧空気が一気に所定圧にまで達するものであるのに対し、本願発明が二段階を経て行われるものであること、本願発明では、その第一段階で加圧空気の損失が相当程度生ずることなどからすれば、すべての点で本願発明が引用例のものより優れているとはいえないであろう。しかし、普通の弁を用いて加圧空気を注入する第二段階の操作は、広くタイヤ又はタイヤ内チユーブに加圧空気を注入する最も普通の方法であり、また、加圧空気の損失の点も、前述のとおり、引用例のものでも、ある程度は避けられないものであり、本願発明でも、これを最少限にする方法も示されていることを考慮すると、右の点は、前示判断をくつがえすに足りるものとは考えられず、いずれにしても、本願発明は引用例のものとは異なる作用効果を奏するものということができる。
4 以上1ないし3に述べたとおり、本願発明と引用例のものとの間には構成上顕著な差異があり、これに応じ作用効果上も差異があり、かつ、引用例には、審決がいうようなチユーブレスタイヤふくらまし法が記載ないし示唆されているとはいえないことからすると、引用例の記載と審決のいう慣用技術とから、本願発明が容易に発明をすることができたものとする審決は、その判断の前提に誤りがあり、これは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、違法のそしりを免れない。
〔編註その一〕 本願発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。
本願発明の要旨
ふくらませてないチユーブレスタイヤ内に、オリフイス構造体と車輪のリム及びこの車輪に取付けた前記タイヤのビードの間の空間を経て、機械的密封を行わずに、充分な量の加圧空気を車輪のまわりに沿つて注入し、逃げる量よりも多量の空気を前記タイヤ内に注入して、タイヤビードが車輪リムに充分に密接するまでタイヤを膨張させ、爾後、普通の弁を経てタイヤのふくらましを完了させるようにすることを特徴とする、車両車輪のチユーブレスタイヤふくらまし法。
審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は前項に記載のとおりである。
2 これに対し、特許出願公告昭三三―三〇五号特許公報(出願日昭和三一年二月三日、優先権主張日一九五五年二月四日(イギリス国)、出願公告日昭和三三年一月二四日、以下「引用例」という。)には、「ふくらませてないチユーブレスタイヤ内に、タイヤの側壁に接触する端部開口円筒と車輪のリム及びこの車輪に取付けたタイヤのビードの間の空間を経て、機械的密封を行つて、加圧空気を車輪のまわりに沿つて注入し、タイヤビードが車輪リムに充分に密接するまでタイヤを膨張させ、その後、普通の弁を経てタイヤのふくらましを完了させるようにする車両車輪のチユーブレスタイヤふくらまし法」が記載されている。
3 本願発明と引用例のものとを対比すると、両者は、「ふくらませてないチユーブレスタイヤ内に、車輪のリム及びこの車輪に取付けたタイヤのビードの間の空間を経て、加圧空気を車輪のまわりに沿つて注入し、タイヤビードが車輪リムに充分に密接するまでタイヤを膨張させ、その後、普通の弁を経てタイヤのふくらましを完了させるようにする車輪のチユーブレスタイヤふくらまし法」である点で一致し、本願発明は、オリフイス構造体を用い、機械的密封を行わずに、逃げる量よりも多量の加圧空気をタイヤ内に注入するようにしているのに対し、引用例のものは、オリフイス構造体とは異なる端部開口円筒を用い、機械的密封を行つて、加圧空気をタイヤ内に注入するようにしている点で、一応相違している。
しかし、加圧空気をオリフイスを用いてふくらませようとするものに注入することは、従来より一般に行われている慣用技術であり、また、機械的密封を行つてはいるが、車輪のリムとタイヤのビードとの間の空間より車輪のまわりに沿つてタイヤ内に加圧空気を注入する方法が、前述のように、引用例に記載されている以上、オリフイス構造体を用い、機械的密封を行わずに車輪のリムとタイヤのビードとの間の空間より車輪のまわりに沿つてタイヤ内に加圧空気を注入し、その際、逃げる量よりも多量の空気を注入するようにする(もし、逃げる量よりもタイヤ内に注入する空気量が少なければ、タイヤはふくらまないから、逃げる量よりも多量の空気をタイヤ内に注入することは、当然である。)程度のことは、当業者が容易にしうることである。
よつて、本願発明は、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
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